ブログ6 私が好きな歴史上の人物

    中国には長い歴史があります。長い王朝(dynasty)もあれば、短い王朝もあります。中国全土に一つの大きな王朝しか存在しない場合でもいくつかの小さい王朝が同時に存在する場合でもあります。歴史上の最初の皇帝(emperor)から、2000年の間、皇帝は547人います。今日は明時代の弘治(こうち)皇帝を紹介したいと思います。有名じゃない皇帝という理由で、ほとんどの中国人が知らない皇帝のはずです。

    明時代は初めて北京を首都として選んで、約1368年から1644年まで存在しました。大きな王朝の一つです。中学の時、明時代に興味がありましたから、各皇帝の人生について調べて学びました。弘治皇帝は中国の歴史上に大切な皇帝決して言えないけど、個人的な考えですが、とても偉い皇帝でした。なぜかというと、皇帝だった時、何も歴史的に偉い事件がなかったにもかかわらず、本当に勤勉な皇帝でした。

    弘治皇帝は明時代の第十代の皇帝でした。前の皇帝達はあまり勤勉じゃなかったせいで、お金を盗む大臣(ministers)を信頼したし、国民の生活は悪くなることを心配しなかったし、全国は問題点が多かったです。弘治皇帝は独り子だったけど、父皇帝の皇后(母じゃない)は悪かった人から、子供の時厳しかった生活がありました。皇帝になった後、国民の生活はよくなれるように一生懸命に働きました。古代中国には、皇帝は朝だけ会議をしましたが、弘治皇帝は午後も会議をすることが少なくありませんでした。いい大臣を選んだり、国民の生活の難しさに対して対策をとったり、自分でなるべく節約しました。驚くべきことに、奥さんは一人しかいなったということです。古代中国の皇帝の中で、弘治皇帝だけ奥さんが一人しかいなかったです。本当に勤勉な皇帝でした。

    弘治皇帝のおかげで、国民の生活の質はすごくよくなりました。現在のほとんどの中国人は偉い皇帝と言えば、弘治皇帝を決して知りません。個人的な考えですが、何も歴史的に偉い事件がなかったけど勤勉さによって素晴らしい皇帝になることを心から尊敬します。

Comments

  1. 弘治皇帝のおかげで国民の生活の質が上がったのはいいことですね。有名ではなくても、いい政治をした皇帝だったんですね。大きい事件がなくても立派な政治をした皇帝は尊敬しますね!

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  2. へえぇ、面白いですね!実は今学期、私が中国歴史クラスを受講していて、とても長いね。だから、取り上げるべきことが多すぎるので、深く掘り下げる時間はあまりありませんし、先生は弘治皇帝について話しませんでした。その理由のために、ジョさんのブログを読むのが好きでした。もっと読みたいですよ!

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  3. ジョさん、こんにちは。すごい歴史上の人物ですね。私も小学生の頃中国の古い歴史について読んで習っていました。明時代は長い時代なので、いろいろな皇帝があったそうですね。私はその前に弘治皇帝が知りませんでしたが、今ジョさんを通して知りました。

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